自動車運搬船の歴史

 日本発のガラパゴス専用船。


 http://www.jsanet.or.jp/qanda/text/q2_08/q208_13.html

 日本の自動車輸出は意外と早く、昭和11年(1936)に日産自動車がダットサン87台を輸出したことに始まる。トヨタは戦後の昭和22年(1947) に初の乗用車を輸出していたが、専用船が登場する以前の昭和10~30年代(1930-50)における自動車輸出のための船舶輸送では輸出台数が少なく、常に赤字であり、船会社にとって自動車という貨物は余分なスペースを多く取る割には、無梱包の裸商品であるため、傷がつきやすくクレームも多くて、そのくせ運賃が安いという非常に扱いづらい貨物であったとされている。そのため、第1世代とも言うべき、自動車・穀物兼用船(カーバルカー)では、往航では自動車を運び、復航では北米(米国・カナダ)からのドライバルク(穀物や石炭など)を運ぶのが通例だった。

 だが昭和40年代に入ると両社は積極的に北米輸出を行って昭和44年(1969)にはそれぞれ100万台を突破した。このため、自動車メーカー各社は自動車を大量に輸送する方法が必要となった。日本で最初の第2世代自動車運搬船は昭和40年(1965)に大阪商船三井船舶が日産自動車の保証を得て、北米西岸向けのダットサン輸送を目的として建造した 1,200台積みの追浜丸(=昭和海運の座間丸も類似船)である。本船は自動車運搬船としては世界で最初のロールオン/ロールオフ方式を採用し、車は専用の舷梯を自走して積み降ろしを行なった。また穀類や石炭の荷役用に6台のデッキクレーンを搭載している。引き続いて、昭和43年(1968)に川崎汽船が1,250台積みの第一とよた丸を建造して北米航路に投入した。

 ところが、ここで兼用船の最大の弱点が露呈した。帰りの貨物がないのである。第一とよた丸は北米西海岸で自動車を荷揚げした後、カナダに移動し、帰りの穀物を受け取る予定だったが、折からの豪雪で鉄道が不通となり、貨物を積んだ列車が立ち往生したため、積出港で1ヵ月半も滞船を余儀なくされた結果、配船計画に大幅な狂いが生じてしまい、荷主たるトヨタの出荷計画まで狂ってしまった結果、名古屋港のトヨタ専用岸壁には出荷待ちの自動車が溢れ返って大損害を出してしまった。このため、専用船の必要性が求められたが、基本的に自動車専用船は他の貨物輸送に転用できない。そのため、往航のみで採算性が取れるように大型化した。それがコンセプトから建造までわずか2年、以後の自動車専用船のスタンダードとして確立した第十とよた丸である。

 自動車専用船は走る立体駐車場のようなものであるが、前述のように自動車は船内スペースを取る割には重量が軽く、車種が違えば、車高も違うので様々なサイズに対応しなければならず、効率よく配置しないとデッドスペースが増加してしまい、空気運搬船になってしまう。自動車運搬船は形状が細身の高速船型であることが多い上に、コンテナ船に次いでタイムスケジュールの厳しい船である以上、荷役できる&通れる場所が限られるなどは以ての外で、ターミナルや運河のサイズに合わせて建造しなければならない。それでいて船体と貨物の重心位置が高くなってしまうので他の貨物船より水面下の形状を細くしてスクリューの位置をわざわざ深くしたり、軽量化を志向したりしている(普通の貨物船では甲板強度が2-3ton/m2であるのに対して自動車専用船では150-200kg/m2しかない)。

 建造中には実車やモデルカーを船内で実地に走らせて、上下層の昇降、旋回、船内の隅々までカーデッキの走行確認を行っている。理由は頭打ち(天井)、鼻打ち(前部バンパー)、腹打ち(車腹部)、尻打ち(後部)の危険性の確認である。ダメージ防止のための積み付けだけではなく、高級車や低燃費車はホイールベースが長く取られていたり、車高を低く取ったりしているため、乗り込みや船内ランプウェーの角度が厳しいと上か下に車体をぶつけてしまうし、積みつけ甲板での荷役時の車の走行性にも気を遣わなくてはならないからだ。だから下層のデッキに重量車、上層のデッキに軽量車という単純な分類をするわけにはいかないのである。自走する車には当然のことながらガソリンが積まれており、一台でも損傷して出火すれば、他車に引火して船内火災を引き起こしてしまうからだ。

 80年代後半に入ると、生産拠点が海外にシフトした自動車メーカーと輸出先が欧州や中東、アフリカなど多様化したため、三国間輸送が必要になるとともに、北米では「輸出自主規制」で自動車の輸出が頭打ちになった。自動車も不通乗用車からトラックやバン、バス、建設機械、トレーラーなど、背高な車種や特殊車両が増えてきたので、既存の船では何かと不都合が生じるようになった。そのため、リフタブル・デッキ(可動式甲板)にして車種に応じたデッキ高さに出来るようにした第3世代ともいうべき自動車専用船が完成した。この頃からRV車の販売需要が高まり、上記の多目的自動車専用船+RV車の全デッキ搭載を可能にしたRVキャリアなる自動車専用船が就航している。リーマンショック以後の荷動き量急減で、高齢船のリプレースが行われたが、次世代の自動車専用船はどのようになるのだろうか。

 ・・・電気自動車や燃料電池車でも同じだろう。

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この記事へのコメント

ひん
2010年10月05日 00:35
古い教科書で育ち、ガラパゴス化した会社にいた私はPCC、PCCと言っておりましたが、十数年前に『ウチはPCTCだよ』と乗組員に教えられ"PCTCって何だろ?"と戸惑った思い出があります。
甲板強度の数値は勉強になりました、ありがとうございます。

ところで、豪州の羊運搬専用船も可動式デッキにかわり、羊牛運搬船に進化しているのでしょうかね?
Flagship
2010年10月10日 14:25
どうもこのような僻地までお越しいただき恐縮ですm(__)m まだ北の大地ですか?

@PCTC

 お役に立てて光栄です。先日勉強会があったのでメモしておきました(^^;

 もう70年代後半には対米輸出が頭打ちになるのが見えていたらしく、その頃から設計に入っていたようです。

@豪州の羊運搬専用船

http://www.jsanet.or.jp/seminar/text/seminar_196.html

 にもありますが、基本的には中古船の転用が多いです。最近オマーンあたりで海運会社が出来ていますから、新規で建造するケースがあります。一度見せてもらったことがありますが、もう厩舎同然(笑)。MARPOL条約にあわせるの大変だろうな…って思いました。

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