海を往く者

アクセスカウンタ

zoom RSS 田中文科相は即刻罷免するべき

<<   作成日時 : 2012/11/08 07:31   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 やっぱりマキコは頭悪いわ。


 一定の審査基準に従って手続きを踏み、審議会からも答申が出たものを「大学の質の低下」という社会現象を理由に大臣個人の意見でひっくり返すことは明らかに裁量権の濫用で行政手続法違反に当たる。申請に対しては明確な審査基準があり、その基準に合致しているなら大臣は認可しなければならない。不認可にするためには、予め公表された審査基準のどの条項にどのように合致していないのかを文書で示さなければ、申請者側の予測可能性が犯されることになるので、投資もできないし、市民の行動が恣意的に制限、抑圧、排除を許すことになる。選挙の立候補者が多いからと言って立候補をさせない選挙はないし、会社が多いからと言って会社設立させないということはない。しかも、学校法人法は数年前に法律が改正されて、許可制から認可制になったばかりのはず。つまり、規制緩和であって、認可規準に達していたら文科大臣に恣意的な裁量の余地など無い。「総量規制」をかけたければ、申請があった時点で「今後の学生数減少が予想されるので、不認可もありうる」と、もっと前の段階から事務レベルで詰めたうえで最終的に大臣に決断させたというシナリオを作っておかないと、中央行政と地方行政の信頼関係を失うことになる。既存の大学の経営が問題なのであって、これら3大学が設置基準を満たしていないわけではない。違法な不認可だから、大学側はばらばらに行動をとらず、連携して、不認可取り消しを求める仮処分や国家賠償訴訟等、法的措置をとるのは確実で、国は敗訴するだろう。小生も大学がこれ以上不要なのは同意見だが、それと審査基準に合致するよう数年間かけて準備してきたこととは別問題だ。現状で問題があるからと言って『即刻ぶち壊せ』なんてのは稚拙過ぎる。百歩譲って田中大臣の意見が理に適っているとして、それでもルールの改定に当たってはそれを周知するための移行期間というものが当然にある。この移行期間中にそれまで申請していたものについてはそれまでのルールを期限を設けて適用し、今後の申請については新ルールを適用することになる。そうでなければルールに基づいて手を上げたのに最後に来て勝手にルールが変更されたのでは誰もルールを信用できなくなる。この決定がもしまかり通るようなことになれば、日本はもはや法治国家として機能していない。

 来年の春に開学するために、建物の新設やスタッフの増設、さらに受験生への広報までしていた新設大学を突然不認可にするのは、学校法人の経営はもとより、それらの大学を志望するつもりでいた受験生の人生にすらダメージを与えかねない。開校5ヶ月前となると大学側は既に学生募集して、入試まで準備を整えているし、受験生側も照準を定めている。そこで突然「待った!」を掛けたら、要らぬ混乱を招くだけだ。それぞれの大学の内容を見ても、東北地方に初めてとなる公立の芸術系大学、そして医療系、保育系の資格取得を目的とした大学であり、内容的にも単なるレジャーランド大学とは一線を画しているはず。3大学が、どのようなレベルになるかは、それぞれの大学の今後努力次第だ。まだ創立して10年にも満たない国際教養大学のように新設大学でも大学の努力と、それに応えた学生により、「教育の質」で優秀な人材を送り出す大学もある。こういう大学は既存の大学へのいい刺激にもなり、むしろ新規参入が大学教育全般にいい影響を与える場合もある。独自性を持ち、既存の大学教育に刺激を与えるような新設大学の参入はむしろ歓迎すべきで排除すべきものではない。大学を増やすことを否定するのではなく、責任ある経営と教育を大学にさせることが大切だ。現行の審査制度に問題があるのならば、まだ審査していないものを差し止めて「2014年以降の開校に関しては規制を掛けますよ」とかそういう時間的猶予を与えた上で、認可制度自体を見直すというのならば理解できるが、すでに答申が出たものに対して「これから見直すから認めない」というのは、死刑制度をこれから見直すから、確定死刑囚の執行を見合わせることと同じ論理ではないか。審議会を一旦解散させた上で、新たに具体的認可基準を設定し、それに見合うメンバーで組織し直せば良い。日本には人選の過程が不透明で公正さに欠ける審議会やら有識者会議なるものが多すぎる。法務省傘下の法曹養成制度検討会議なるものもその一つだ。法科大学院制度の弊害が顕著となり、国会でも法曹養成制度の抜本的見直しが決議される中、検討会議のメンバーには法科大学院関係者がずらりと並び、大学利権を守ろうと躍起になっている。審議会政治の是非については、昔から議論があるところだが、内閣や国会の意思から完全に超越して審議会の議論が進むようであれば、これまた民主主義国とはいえない。

 今までこのやり方で放置してきた文科省にも問題がある。新設を次々認可しておきながら、第三者機関である「大学基準協会」の認証評価で基準に満たない大学を次々潰していくという、矛盾した政策になってしまっている。国民への教育の質を高めるのが文部科学省の役割のはずだ。大学生の数、大学への進学率を文科省の行政評価の通信簿として扱ってきていたのであろうが、結果として、名前だけの質的には高卒すら怪しいレベルのまがい物を量産してしまった。それだったら最初から基準も満たせないような大学など作る必要はない。昔から文科省(旧文部省)のやることはズレたことが多いから事あるごとに批判されているし、国がこういう経営に口出しして成功したためしがない(経営者じゃないので経営をわかっていない)のは国営企業がいずれも民営化した例を見ても判るだろう。教育の現場というものは教育は量ではなく質なんだから、ただの顧客獲得競争になると教育の質も低下する。そもそも会社のように競争をして生き残るのとは前提が違うのだから、会社と同様に競争をさせて、統廃合させたらいいなんてのは学校教育の重要性をまるでわかっていない。教育は受ける人それぞれのレベルというものがあるから、それに応じた教育が必要なのだ。昔からある有名大学までが安易な学生獲得競争に走っている現状は望ましくないので、これを機に大学間の馬鹿な競争は排除する方向で進んで貰いたい。大学もひとつの市場なら、新規参入を促進し、ダメな学校を廃校にしていく新陳代謝の促進こそ大事なのだ。潰れるべきものを温存して新規参入を許さないのであれば、結局は何も変わらない。それは財務が銀行・證券で、経産が電力会社で、総務が放送・通信会社で証明している。志の低いマンネリ大学は市場から退出してもらい、志の高い新規の大学には市場に参入してもらうのが筋だ。大学の運営や、学生の質を問題にするのであれば、現在定員割れをしている多くの大学に対する審査を厳しくし、助成金を減額させればよい。教育、経営努力を怠るような大学は、つぶれても仕方がない。また、そういう大学に入学する学生も、それなりのリスクを承知で入学すればよいだけの話で、大学新設を止めるのはまったくのナンセンスだし、これは蓮舫に次ぐ横暴だ。大臣職と言うのは、その様な近視眼的視野で動くべきでは無い。もっと大局を見て数年先を見越した手を打つべきだ。田中大臣のやっている事は、民主党お得意の単なるパフォーマンスでしか無い

 ・・・事業仕分けはまだ法的拘束力がなかったから、パフォーマンスで済んだものの、これは関係者に直接影響が出てくる。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
田中文科相は即刻罷免するべき 海を往く者/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる