海を往く者

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zoom RSS 崖の上のポニョ

<<   作成日時 : 2012/10/28 09:17   >>

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 宮崎駿は老害、押井守は無能。


 08年の作品。前作のゲド戦記('04)は伝聞だけでひどい作品と理解したので見て居らず、今回は海関連と言うことで致し方なく見たが、まさに狂気の映画で、もはやアニメ映画として存在することも放送することも許されない代物だ。何時まで間違った評価を許しているつもりなのか。宮崎監督ではない若手の監督がこんな原案を出したらプロデューサーから面罵されて目の前でビリビリに破り捨てられるだろう。少なくとも小生は宮崎監督でもそうする。いやそうであらねばならない。聞けば「常識にとらわれない児童向け作品」だそうだが、ただでさえシナリオや論理性を軽視する傾向のある宮崎監督が「描きたいモノだけを描いた」らどんなトンデモ作品になるかは火を見るよりも明らかである。子ども向け映画という免罪符をかさにきてルール無用の悪事を働いている。「児童文学は活字で読ませるべきであり、安易に映像にしてはならない」という児童向け作品の不文律を平気で破るような馬鹿が作品を作るなど言語道断だ。息子である吾朗監督の作ったアニメ映画をけなしたそうだが、自分の感性と才能の劣化もけなした方がいい。、「アニメーションの初源に戻って作る」前に「人間として初歩に戻」ってほしい。娯楽映画監督は廃業するべきだ。

 この監督の存在が生理的に許容出来ないのはその共産主義思想もさることながら、世界観の欠如である。まずどういう環境があってそこにどういう社会があるのかを定義しなければ、観客に対して極めて不誠実である。社会派作品(裁判モノとか刑事モノ)で、空中浮遊や超能力を使うのはルール違反だ。だが、メルヘンや異次元の世界(ハリーポッターとかナルニア国物語)ではそれは問題にされない。なぜならそういう世界観だと先に明示しているからだ。ところが宮崎監督は映画の中の個々のシーンが好きなだけで、ストーリーはどうでもいいのだと考えているとしか思えない。だが、一般常識を持つ多くの普通の人間にとって、ストーリーは非常に大切である。くどくど説明するのが嫌なら後述する部分で海水を汲んで来るなり塩をいれるなり1カットでもいいから常識的に考えて疑問を持たれそうな部分に逃げを打っておけば良いだけだ。だがそこまでやってもポニョを「金魚」として受け入れることには違和感を覚える。メルヘンとしてのルールをキッチリと構築しないとただのデタラメになってしまうからだ。子ども向けだからストーリーはどうでもいいということはない。同じ子ども向けの「ドラえもん」はストーリーが実にしっかりしているではないか。単なる宮崎監督の職務怠慢である。

 一番最初に驚いたのは海水魚なのにいきなり淡水に入れている。そのようなことをしたらあっという間に死んでしまうので以ての外だ。子供向けと公言している監督が、同じ過ちを子供がしたらどうするのか。常識や科学教育云々以前に生物虐待による動物愛護法違反だ。子供に呼び捨てにされても咎めないのは親として子どもに対する教育がなっていない。『親の躾・親の教育』がなっていないのだから就学義務および青少年健全育成条例違反だ。年長者に対する尊敬なんか生まれるわけがない。通行止めだと言っているのに無理矢理通る(しかも子供を乗せているのに)のは道路交通法違反だ。路面が冠水しているにもかかわらず、猛スピードで急ブレーキ急ハンドルを繰り返すのも速度超過で道交法違反だ。間違って誰かを轢いた日には危険運転過失致傷罪だ。嵐の中子供だけ家において外出するのは親の保護義務違反だ。すでに避難命令がでているではないか。当然のことながら週刊誌や新聞、テレビ報道では連日この母親の言行動が問題視され、家にまで各マスコミが押しかけてくるだろう。宗介も犯罪者だ。海技免状もなしに船長帽をかぶり舵を取って船長として船舶を操縦するのは船員法違反だし、無線従事者免許がないのに勝手に陸上と交信を行うのは電波法違反だ。

 洪水が来て町全体が海に沈むシーンがあるが、東日本大震災やスマトラ沖地震を見るまでもなく、一大天変地異だが、町が水没するほどの大災害なのに、みんな船に乗って笑顔で避難しているわけがない。自分たちの命が危機にさらされているのに誰も何もしないと言うことはあり得ない。生存のための努力を最後までするだろう。本作品を昨年公開しようとしていたら当面お蔵入りだ。小さな赤い魚たちが黒く大きなうねりに変化し、津波となって宗介たちの街を襲う。それはポニョの掟破りに対する大いなる海の怒りらしいが、ポニョは宗介や彼の母によって無理やり人間界の虜になったのではなく、あくまで「宗介が好き」という自らの意思でやってきたのだ。共産主義国から自由主義国への亡命の自由は認めないというのか。また、宗介たちが暮らす港街も海に依存して繁栄しているのだから、彼らなりに海を愛しているはずだ。その街が水害に襲われたときのフジモトの行為は、娘の気持ちを掴みきれないからといって、自分の無能さを棚に上げて街を水没させ、社会を崩壊に向かわせるという無関係な人間に八つ当たりしているだけのただのテロリストだ。無辜の民を多数死に追いやった罪で即刻処刑するべきだ。

 どんなに海が荒れ狂って波が押し寄せそうになっていても、実はリサの家は安心・安全で、家は絶対に波にのまれたりしないなどとは笑止千万だ。子どもに選民思想を植え付けるだけで、百害あって一利もない。古の世界名作劇場でも見せた方がよほど子どものためになる。あまつさえフジモトは「ポニョが生命の水を全て飲んでしまった。魔法を使い放題だ。何をしているか分かっていない。世界に大穴を開けてしまった。人工衛星まで落ち始めた」などと訳のわからないことを告げているが、その前にフジモトは崖の上の家に侵入しようとしていたではないか。お前の行為は住居不法侵入に違反している。フジモトが「これ以上、月が近付いたら取り返しが付かないんです。宗介くん、君しか世界は救えない」と言うが、月がもたらす災害の内容どころか、これまで月の存在にすら触れられていないではないか。犯罪者に世界を救ってくれと依頼されるくらいならそれこそ全員滅んだ方がマシだ。犯罪者に手を貸さなかったという名誉だけは保たれる。海にゴミがたくさんあるシーンや、底引き網のシーンなどは、宮崎監督の文明に対する批判的視点を暗示しているらしいが、だからこそ海洋環境保護や水産資源管理が必要なのであり、世界を滅亡させることではない。鞆の浦で反対活動をしていたのはそれが理由ではないのか。

 ・・・このような数々の法令違反を意図的に推奨し、子どもに見せるような宮崎監督は逮捕・処罰されるべきだ。

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