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zoom RSS 東大の空しい秋入学論争

<<   作成日時 : 2012/05/22 00:53   >>

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 論点がずれているんだよ。


 現政権にしては、珍しく対応が早い。グローバルスタンダード(別に米国や本国だけではない)と競合していく上では、通年採用や9月スタートを推進するのはとても大切なことだ。四季に応じた伝統を守るべきだという意見があるが、それをいうなら、年度初め=1月だ。古来、大和朝廷以来、そうであったのであり、4月を年度初めにしたのは大正時代のことである。あるいは、もっと戻って農作業に合わせた暦という意味では、春(3月か4月)を年度初めにしてもいいが、近代国家でそんな暦の感覚を抱いているところはない。世界の大学ランキングのトップ20にも入っていない、卒業しても英語のひとつも満足に話せないようなレベルの学校の卒業生ばかりを国の中枢に送り込み続けるのは、もはや弊害しか生まない。東大生も自称”優秀”だと言うならば、こんな狭い国の税金をかすめて生きるような生き方を選ばないで、胸を張って外国に出てその優秀さを証明してほしい。

 この国を事実上動かしてる官僚政治と、椅子送り人事内閣の最凶の欠点は、機能性や西洋のいいとこ取りをしながら、一番重要なリーダーシップを取れる責任者を据えないことだ。いざやるとなったら、これまで政官財の誰か・どこぞの組織が必ず政権交代や選挙戦のドサクサ紛れに叩き潰してきた。更に烏合の衆・不和雷同を政官財のバラバラ各自でやっている時点で求心力を欠いている。実験的意味合いのチャレンジには賛成だが、昨年からの東北大震災は復興の兆しも収束もしていない。何故なら余震ではなく「余効変動」という名の代物で、2年越しの天変地異を続けているような状態だから。年間体感地震は昨年の3・11から7000回/年に跳ね上がってるし、原発事故後のシビアなリスク評価はチェルノブイリ以降ノウハウを積んでいる米国やEUの評価が正確なはずだ。国連の答弁で野田首相は、日本式玉虫色の所信表明を挙げたが、具体性を欠くその内容に中韓露米仏は苛立ちを隠さない。

 大学の使命とは社会(国)の役に立つ人材を育成することである。だが東大の都合では「秋入学をやりたい。でも秋入学と春入学とを両方維持するとコストがかかるから、社会の側が変わってください」というのが今回の東大の報告書だ。何と後ろ向きな評価なのか。東大がコストを負担したくないという事情で、国が一大学の複線化のコストを負担する義理はない。政府ももう少し大学の存在意義を考え直すべきだ。米国留学で日本の入学時期のずれが問題になったなんて聞いたことがないし、逆に日本にくる外国人留学生もそういう話は寡聞にして聞かない。基本的に言語の壁があってもそれはもう事実として仕方がないのだから、「優秀な日本人の育成」と「独自の研究開発」を支援する体制を作るべき。日本は日本とかじゃなくて、単純にデファクトスタンダードに乗ろうとしているだけである。英語を勉強する理由だって米国人が使うからじゃなくて、非英語圏であっても世界中の人が使えるからだろう。

 ・・・仮に東大を秋に卒業して半年待っても、どうしても欲しいと思える人だけを採ればよい。

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内 容 ニックネーム/日時
高等教育とは、大人になるための教育のことである。すなわち、高等教育機関による英語の再教育のことである。
日本語には再教育の必要がないので、日本には高等教育がない。
‘12歳の大人’ という表現には抵抗を示すが、実質的な英米の高等教育を要求する環境は我が国には見当たらない。
それで、日本の大学では、学生が4年間遊ばなくてはならない。
海外留学といえば、外国では高等教育のことを指すが、英米にもそれがないものと思い込んでいる。
だから、日本人には英米の大学進学がはやらなくて、英語の語学留学ばかりがはやる。

過去・現在・未来の区別がなければ、世界観もない。消去法を使って話す。ああでもなければ、こうでもないと力説する。
それで満足したかに見える。
無哲学・能天気である。天下泰平である。
あるべき姿が提示できない。普遍的なルール作りができない。
大人の勉強がない。あるのは、他者からの習いもの (カルチャースクール) ばかりである。

未来は常に不透明であり、過去は迅速に風化してゆく。
未来時制と過去時制がないので、未来と過去の世界をつじつまの合った内容として脳裏にとどめ置くことが難しい。
せっかくの体験も温故知新の学問にはなりがたい。
その時々の言の葉は、時制がないと歌詠みになる。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/
noga
2012/05/22 05:01

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