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zoom RSS 博士号の価値の有無

<<   作成日時 : 2011/08/28 00:10   >>

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 だから足の裏の米粒なんだってば。


 博士号とは専門の学術について水準以上の研究をした人に与えられる学位(を持った人)である。日本の制度では、大学院で博士後期課程に三年以上在学した人が、論文と試験に合格すると授けられる「課程博士」と論文の審査のみで与えられる「論文博士(論博)」 があり、後者は世界でも日本だけで通用している制度である。これは特に医学で多いのだが、日本の大学で医学を履修する課程(医学部医学科など)は、6年制であり、医学を履修する課程を卒業した者には「学士(医学)」の学位が授与される(医師国家試験合格後、医籍登録の完了したいわゆる医師免許とは異なり、医学部医学科卒業と同時に取得したもの)。この「学士(医学)」を取得した者が、アメリカ合衆国におけるM.D.(Doctor of Medicine)相当とみなされる。これとは別に、医学分野で、学術的に新規性のある研究成果を博士論文にまとめ、各大学の定める公聴会、もしくは審査会で合格したものがPh.Dである。

 医学博士になるためには、学術上の(優れた)業績のみが要件となっており、医師免許の取得自体は必ずしも必要とはされない(他分野でも可能=臨床技術医として優れていることを意味しない。だから学士(医学)を持たず、博士(医学)のみではM.D.を名乗ることは出来ない)。しかし伝統的に日本のほとんどの国公立・大学病院では医局制度により、各科部長以上の管理職になるためには博士号取得を条件に挙げていたので、多くの医師が医局制度から離脱できないという弊害をもたらしてきた。つまり医局から博士号をもらえなければ臨床医としてのキャリア形成に支障をきたすのでやむなく取得していたことになる。ところが近年の医局制度の崩壊により、臨床技術的に認められる学会認定専門医などを取得することが重要視されるようになりつつあり、医師があまり積極的に博士(医学)を取ろうとしなくなった。おそらく数十年後には博士(医学)の中で医師免許を持っている者と持っていない者の比率が逆転するだろう。またPh.D.の学位ではなく、専攻ごとに細分化された学位を授与している場合もある。

 特に環境学や工学の場合、伝統的なPh.D. ではなく、Doctor of Environment(D.Env)やDoctor of Engineering(D.Eng)と記述されることが多いが、これらは「諸学科の自由な学習」とされているLiberal Arts(教養教育)には含まれておらず、基礎的な研究を重視する学術を追求する分野として考えられていないことによる(工学はあくまでも手工業者や商人のための機械的技術の訓練扱いだったから)。また、純粋な基礎研究以外に、研究結果を実際に応用することを強調した応用科学プログラムでは、正規の博士号よりも専門職学位を授与する場合が多い。その場合には、上記の理由でPh.D.の学位を授与することは少ない。ことほど左様に学術系の博士号の名称は、日本に比べて複雑であり、しかも学位の正式名称は大学や課程によって異なり(本国の場合、一般的にPh.D.だが、オックスフォード大とサセックス大ではDPhilと呼称している)、一概に学位の名称を特定することはできないし、日本の博士号と一対一で比較することはできない。現状のアカデミアにおけるキャリア形成システムは下記のようになっている。

 大学院卒(博士)→ポスドク(2-5年)→助教(2-5年)→(厳しい審査)→准教授(4年-)→教授

 米国やドイツの状況は知らないが本国に限っていえば博士取得者の待遇は日本とほぼ同じである。極めて限られた人のみが任期付准教授(tenure-track assistant professor)、任期付きの講師(lecturer)、博士研究員(post-doctorate researcher)のいずれかのポジションを取得することで研究職に就き、その他の人は関連する業界や公務員、時には金融・出版といった他分野に進んでいる。ただし、日本のようにワーキングプアにはなることはない。それは博士の大部分が留学生であり、修了後は概ね国外に流出する事と本国での人員採用に当たっては新卒や年齢には大きな価値がないからだ。博士の就職難という問題は純粋に博士取得者を受け入れられる産業の規模に依存している。国によって多少の違いはあれど、実務重視の機電工学の博士が研究重視の生物や理論物理よりも就職で有利である事は万国共通であるからだ。また、学位に対する意識が,博士号を取りに博士課程にいくのと、好きな研究をした結果、学位を取るに至った人間とで異なることにも問題があると思う。本国系の学位システムを採用する国や地域では一般に満期退学はドロップアウトと見なされていてキャリアとは評価されない。

 ところが日本国内では往々にして「満期退学で博士課程修了」と慣習的に記していることが多い。これは厳密に言えば経歴の詐称になるのだが、実のところ文科省や各大学の博士課程修了者の進路調査では修了扱いにしている(少し前まで博士課程在学中に大学に助手や技術職員で採用されることがあったため、助手になってから数年して落ち着いてから論文博士を取得することが多かったから。また教授会が専任を決めるにあたっては博士号の有無はさほど重要ではなく、査読論文の数と内容、外部資金獲得の有無が問題になるため、研究実績やコネのない人は教授会以前に、選考委員会の段階で落とされてしまう)。また、一般社会では博士課程の学位取得者と未取得者との現状や違いが正しく理解されていない。なぜから企業にとっては採用する人物が優秀かどうかは「博士号取得」だけでは判断できないからだ。一流大学の学士の方が 三流大学の博士よりは潜在能力は上だろうし、博士を出しやすい分野とそうでない分野でも事情が異なるし、年代でも事情が異なる。そのため、文科省の指導により各大学は博士号を正規年限内に出すようになってきているが、今度は逆に学位のインフレーションが起こり、学位そのものの権威が下がっている。

 ・・・鷲田 小彌太が「大学教授になる方法」という本を出しているけど、結構的を射たことを言っている。

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