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<<   作成日時 : 2011/04/05 01:05   >>

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 やっぱ世の中は銭よ。 


 今日はおフランスの会社とのリスクコミュニケーションの勉強会。 今の問題点として専門家のリスク評価と市民のリスクの感じ方(認知)に大きな差があるのではないかというのがその理由。 リスクコミュニケーションの専門家に言わせると能力の高さや誠実さは重要であるが、判断が難しい。だから同じ価値観を持っているかどうか(あるいは評価できるかどうか)でリスク認知が変わるのだという。 不思議なのはリスクの大小だけでは判断しない(=リスクを伝えるだけでは不安が高まるだけ)という点。

 放射能と遺伝的攪乱は以下のように共通点が多い。

1)今すぐ目に見える変化はない
2)将来の悪影響は明らかだが定量化が難しい
3)影響との因果関係が不透明
4)安全性の閾値を設定しづらい 

 よって「ウソは言っていないのだが、真実も話していない」ことになる。そこで、解決方法としては以下が望ましいだろうとのこと。

・人々(特に母親)が汚染の実態を知らない
→住宅内や庭、子供たちが遊ぶ場所の測定を実施
→他国の測定値と比較して結果を示すことにより、どこが安全か、どこで何時間過ごせるかを理解する
・人々(これも母親)は家族に何を食べさせたら良いのか混乱している
→普通の食卓に並ぶ具体的な食物の放射線測定を実施
→季節に応じた食事の変化を考慮する
→何をどのくらい食べても良いのかという目安情報を提供する
→後は口コミで広まる

 つまり”リスクコミュニケーション”とは相手の気持ちを変えさせることではなく相手と気持ちを通わせ、リスクについて一緒に考えること(共考?)だと。 だけど必要とする情報なら自ら勉強するはずだし、同じ価値観を得るためには最低限の基礎知識の習得は欠かせないと思うのだけど。

 菊池寛の「怨讐の彼方に」を思い出した。小説の舞台である青の洞門。そのあらすじは… 武士であった禅海和尚がかつて犯した殺人の罪滅ぼしのため、難所であった山国川沿岸にノミでトンネルを掘っていたところ、自分が殺した人の息子が敵討ちにやって来た。 禅海和尚は、本当は今すぐに斬られても構わないが、このトンネルが掘りあがるまでは待って欲しい、と申し出る。 敵討ちを一日も早く果たしたいその人もトンネルが完成すれば、憎き禅海を打てるので、その時からトンネル掘りの手伝いを始めた。

 ある夜、近所の手伝いの人々は寝静まっても、禅海と敵討ちはトンネルを掘っていきます。そして、ノミを岩に向かって打ち込むと… 手応えが弱い…岩に小さな穴が開いて、そこから月が見える。とうとう、30余年の歳月をかけて、トンネルが掘りあがった。 禅海和尚と敵討ちは泣いて抱き合っている。禅海は「もはや、思い残すことはない。今こそ、そなたの敵討ちを果たしなされ。」と申し出ますが、「あなたとこの洞門を掘り続けるうちに恨みは消え失せた。」と言い、再び抱き合って、泣いた…とまぁ、ここまでは感動的な美談なのだが、その後の禅海和尚といえば、このトンネルを通る人から通行料を徴収していた。

 …やっぱり、生臭ボウズだったか。

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