海を往く者

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zoom RSS 玉木先生を悼む

<<   作成日時 : 2011/04/25 00:05   >>

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 また一人いなくなった。


 http://www.geosys.t.u-tokyo.ac.jp/staff/professor/tamaki.html

 玉木賢策先生は、海洋地質学の権威で、その名を知らぬものは居ない。だがあまり研究者然としておらず、どちらかというと国際機関の行政官のような印象を受ける。地質調査所を振り出しに東大の海洋研究所へ移られ、助教、教授となり、海洋資源などの研究を進められていた。私は都合3回お世話になっている。最初に遭遇したのは高校地学の勉強をしているときにまだ中野の海洋研にいた先生を訪問してご教示いただいたのが最初。その後附置研出身者としては珍しい出身でもある本郷の工学部教授への昇格を果たしている。二度目は大学での研究航海で、白鳳丸の海洋調査に同乗させていただいたとき。三度目は役所で国連海洋法条約に基づいて大陸棚の延長申請、大陸棚限界画定の調査をしていたとき。いずれも専門外の私にいろいろ教えていただいた。

 外務省の委託で2002年から国連の大陸棚限界委員会委員を務めており、国連海洋法条約に基づいて各国の200海里を超える大陸棚の延長申請を審査しており、日本も200海里を超える大陸棚の延長申請を大陸棚限界委員会に提出して審査を受けている最中なのに、逝去されてしまった。最近ではやはり海洋の大陸棚の問題や熱水鉱床やコバルトリッチクラスト開発で、専門を生かした激務に当たられていたので、年にかなりの時間をニューヨークで過ごされており、心身ともにかなりの負担だったのだろう。大動脈瘤の緊急手術で一時は回復したものの、数日後に急逝されたとのこと。生研のU先生やK先生、理学部のUB先生、大気海洋研のT先生と同世代(U先生は同期)のはずだが、定年退官を無事に迎えられずに大変残念である。これで玉−環コンビは永久に失われた。ご遺体は現地で荼毘にふされ、帰国された。明日の午後は先生の告別式だ。

 ・・・元深田サルベージ建設の清水信夫氏も亡くなられていたとは。海洋村はどこまで人が減るのだろう。


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