海を往く者

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zoom RSS 福沢諭吉

<<   作成日時 : 2011/04/19 00:47   >>

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 天の上に人を作らず天の下に人を作らず。


 1991年に制作された慶應義塾を開校した啓蒙思想家・福沢諭吉の半生を綴った作品。だが物語展開がやたらと慌ただしい。幼少期から青年期までが走馬燈のように示されて塾長になるところまで一気に話が進む。塾長になるまでの物語、つまり「貧乏な下級武士が、恵まれない環境の中で一所懸命に勉強してオランダ語をマスターした」という部分は、バッサリとカットされている。だから、「オランダが一等国だと思っていたのに実は違っていた」というシーンが生きないし、それを受けた「オランダ語は使えない=誇りが失われた」という大きなショックが、見ている側に伝わって来ない。外記に反対され、死の危険が伴なうほど危険だった咸臨丸の渡米航海もカットされているので、諭吉は簡単に渡米し、米国での生活を満喫し、何の努力も苦労も見せずに英語を学んで帰国しているように見える。幕府に禁じられているにも関わらず、なぜ諭吉は英語を学ばねばならなかったのか、なぜ法度を破ってまでも諭吉は英語を教えることに固執せねばならなかったのか、それを納得させるだけの答えがオランダ語のエピソードや米国滞在中のエピソードとリンクして示されていないから「とにかく英語は大事」というお受験英語状態になってしまっている。

 諭吉は塾長になってから慶應義塾を開校するまでだけでもエピソードの宝庫なので、重要な数年間だけに描く期間を絞るとか、大きなエピソードだけ抽出して描くとか、取捨選択をせずに、とにかく詰め込むだけ詰め込んでいるので、時間が足りずに説明だけで手一杯の有様。だから何かを追い求める熱い気持ちとか、諭吉&お錦の夫婦愛とか、師弟の絆とか、人間関係のドラマを膨らませる余裕なんてまるで無い。諭吉という人間の内面に迫ったり、考え方や生き方を深く掘り下げたりする余裕なんて残っていない。諭吉の何を描きたいのか、どういう人物として諭吉を描きたいのか、作り手の意図が全く判らない。長州藩追討で塾生が出兵を命じられた時も、「無益な戦いよりも学問を学ばせることに意味がある」と諭吉が訴える場面は、反戦思想へと持って行きたい方向は分かるが、目の前で戦争が勃発しているのに、「戦争より学問を選ぶ」というのは、武士としてどうかと思う。彼は「学問によって政治を変えて、新しい日本を作りたい」と言うだけで、正論なのだけど外記が言うように、学者の学問なんぞで政治は変わらないのだ。結局、外記が上手く取り計らって塾生が行かなくて済むようにしてやっている。これでは外記が主役かと思ってしまう。他の登場人物も五月雨式に出てきては用が済むと消えてしまう。

 史実の諭吉は田舎で青春時代を過ごしていたけれど、学問で出世の道を切り開いている。 オランダ語が通じないと知ったら長年学んだオランダ語を塵芥のごとくあっさ り捨てて英語に転じ、最初は暗い気持ちで見ていた政権交代も良いところを見つけたらそれを正しく評価してその風潮に乗っている。だからといって西洋化かぶれはダメで、これまでの文明を持ちながら必要なものを取り入れるべきだと言っている。実用的でないものは捨てて実用的なものに入れ替えるのだと。つまるところ、幕末〜明治というのは自己改造の時代であり、彼が新しい時代を受け入れたのは純粋に知的好奇心からだと思う。そこで苦境を政治や環境のせいにしていたら自己満足の代償に全て「その次」はなかったからだ。現在自分が不幸だとしたら、それは歴史や環境や時代のせいじゃなくて自分のせいだと思う。だから早く気が付いてほんの少しでも強くなろうって努力すべきだろう。この点は岩崎弥太郎も同じだ。現状を嘆いているだけで終わらせたらいくらでもそれは不幸な人生にできた。

・中津で家を継がされそうになった時。
・長年学んだオランダ語が世界で使い物にならなかった時。
・幕府で重宝されて出世したのに、明治維新で自ら士族をやめて平民になった時。
・政府御用達新聞の話が流れた時。

 と都合4回も自身の状況を変えざるを得ない場面に遭遇しているが、彼にはとにかく陰翳というか迷いといったものがまるでない。

・不平等が大嫌い。
・偉そうに威張ってるやつに屈したくない。
・努力しないで人に甘えるやつが嫌い。
・自分はいつでも精一杯努力してそれを切り抜けてきたのだから、みんなだってやればできるのに。

 言ってることはこれだけ。だからもしあれ以上長く生きてても、別の時代に生まれても、これと同じことを言っていたと思う。諭吉は日露戦争の前に亡くなってしまうが、日露戦が終わって、多大な犠牲を出したにもかかわらず賠償金が一円も取れなかった(国力が尽きていてこれ以上戦争が続けられなかったのだから当たり前だが)ために国民が大暴動を起こした時、理性的な判断で政府の弁護をしたら国民的名声は当時ガタ落ちになっただろうし、風潮に流されて政府を糾弾していたら、後の評価の方がガタ落ちになっただろう。そういう難しい立場に立たされなかっただけでも、諭吉は幸せな人だったと思う。

 ・・・そりゃ「あぶない刑事」や「勝手にしやがれヘイブラザー」の柴田恭兵&仲村トオルのコンビには期待していないけどさぁ。

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