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zoom RSS 英国王のスピーチ

<<   作成日時 : 2011/03/13 00:29   >>

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 王は君臨すれども統治せず。


 http://kingsspeech.gaga.ne.jp/

 日本公開2週目というドンピシャリのタイミングで第83回アカデミー賞の作品、監督、主演男優、脚本賞の4部門に輝いた「King’s Speech」。アカデミー効果か私が観に行った平日も映画館はかなりの混雑であった。昨年末に本国在住の友人から今年のアカデミーは「King’s Speech」で決まりだと聞いていたが、実際にその通りになった。「King’s Speech」は王室を舞台にしながらもウィットにあふれた笑い話にしてしまう所と、それでいて全体的には威厳と格調のある歴史ドラマにまとめる所がいかにも英国映画らしい。本作の主人公は、現女王エリザベス2世の父ジョージ6世。この時代の英国王室というとスポットを浴びたのはジョージ6世より、王位の座まで捨ててまで離婚経験のあるアメリカ人のシンプソン夫人との世紀の恋に生きたエドワード8世が有名である。だが、その陰で内気で吃音というコンプレックスを抱えていたため、王になりたくなかった弟ジョージ6世が王位に就いてしまったという所に着目し練られた脚本が秀逸だ。

 映画内容はスピーチスキルを上げるためのHowto映画というよりは、吃音に悩む内気なジョージ6世が、言語療法士の助けを借りて障害を克服し、第2次世界大戦開戦にあたって国民を勇気づける見事なスピーチを披露して人心を得るまでを描いている。国王がオーストラリアの一般人に吃音矯正をされる。まことしやかな話だが、実話だ。吃音を矯正するというより、明らかにカウンセリングに近い。国王も人間なのだ。吃音の影は心の影であり、療法はあくまで対等に。そんな存在、ジョージ6世にはこれまでいなかったであろう。だから療法自体、最初はむかついたけれど、心がこなれていくのが分かったに違いない。王妃のエリザベスも偉い。王族ご用達名医はきっと探しに探したけれど、ライオネルを見つけたのがすごい。一見地味な素材を王と療法士との二人のやり取りをじっくり描くことで、仕事を越えてお互いの人間性を認め合う間柄になるまで昇華させた点がドラマ性を高めている。そして、それは、最後のスピーチで最高潮となる。クライマックスがWWII開戦のスピーチというのが多少気になったが、歴史的事実と見ればこれも仕方がないか。現在のような混沌とした時代、ストレートに国家高揚をあおりたいところだが、本作はさりげなく一人の男の物語として描いた点がいい。

 後継者として育てられ,、父王ジョージ5世に左利きを矯正され、何かと兄エドワードと比較されてきたジョージ6世は、 恐らくそうしたさまざまな抑圧のなかで吃音を背負うこととなる。何度も治そうとしたが,、王室お抱えのドクターにその力はなかった。王妃が思いつきで訪れた町の診療所に最後の望みを託すこととなるが、そこには一際いい加減そうなオーストラリア人がいた。王と平民の友情、言ってしまえばそれだけの話かもしれない。しかし必要とされることと,、それに答えることの尊さみたいなものが本国らしいやりとりのなかで描かれる。そうして王位を継いだ最初のスピーチは皮肉にもナチス・ドイツとの開戦を告げるものであった。日本だと王の恐れ多さみたいなところに実感がないだけに、このオーストラリア人の傍若無人ぶりがイマイチ伝わりにくい部分もあるかもしれない。夫人の献身ぶりなどにも大時代を感じる。しかしながら圧倒されるわけでも手に汗握るわけでもないが、そこはかとなく見つめるドラマがそこにはあり,、気づけば見終わっている。

 元々、王になるつもりはなかった内気で自分に自信のない「海の男」でもあるジョージ6世は吃音を気にしない大らかで優しい妻や家族に支えられてても、きっと孤独で不安な生活だっただろう。ライオネルも劇団員を目指していながらも、オーストラリア出身で訛りが抜けなくてなれなかった。きっと出身地差別を色々と受けてきて、家族はいても、コンプレックスを持っていたのではないかと思った。結局は国王と臣下という関係性が前提にあったが、それは決して嫌な振る舞い方には見えなかったし、スピーチの矯正というカウンセリングは単にジョージの吃音症を治すだけではなくて、節度ある関係として見えて悪い印象はなかった。また、ライオネルという呼称を最後まで使わない(=本国では米国のようにファーストネームで呼び合うのは失礼にあたる。ましてや貴族と平民ならなおのことさら)ことに、国王としてのジョージ6世の自覚と意気込みを感じたし、あえてそこに突っ込まないライオネルにも、ジョージからの信頼を疑わない姿勢が感じられて、二人のコンプレックス親父が互いに互いを信頼する心を得たことに意味があるように思えた。

 そこでスピーチ矯正の専門家・ライオネルの登場となる。ライオネルが自国の皇太子にタメ口を浴びせるように、地位の上下をなくして、一介の友人として接したのは、決して不遜な気持ちからではなく、ジョージをごく普通の悩める人間として、その悩みに触れるために、身分という殻をまず脱ぎさせようした。その真意には、生まれつきの欠点など無い、あるとしたら心が傷ついて、病んでいるだけだという同悲同苦の優しい気持ちと、必ず直るという圧倒的な善念が込められていた。けれども、ジョージは初めての指導で激怒して帰ってしまう。だって、出来ないと分かっているのに、いきなりシェークスピアの『ハムレット』の台詞を朗読を強要されて、おまけに聞きたくもないその声をレコードにまで録られてしまっては、赤っ恥もいいところだ。ジョージは、自分の酷い声を録音されてしまったと思い込み、治療の効果がないことに腹を立てて帰ってしまった。しかし、帰宅後に録音されたそのレコードを聴いてみると、ちゃんと朗読できている。ライオネルは見抜いていた。外部の視線や自身のコンプレックスや恐怖心をシャットアウトする環境さえ作れば、ジョージは普通にしゃべることができると。驚いたジョージは、一端は指導を断ったライオネルの元に、「無言」で押しかけた。

 しかし、父王ジョージ5世が死去し、兄エドワードが王位を継承したものの、「発展家」の兄は、ジョージ6世の忠告も聞かず離婚歴のあるウォリスとの恋を選び王位を去ってしまう。国王は新教の教主を兼ねているため、離婚歴のある女性との結婚はタブーな行為だった。安易にヒトラー寄りだったし、国王の資質としてはおそらく最低の部類だったろう。国王への即位をためらうジョージに、ライオネルは即位の決断を迫る。いくら対等の約束をした仲でも、ライオネルの立場をわきまえない発言に、ジョージは怒る。ただしその怒りは理性で抑えられて、ただ「もう来ないでくれ」と、静かにライオネルに告げるだけでした。二人が別れるシーンは、とても映画的な印象に残るものだった。寄り添って歩いていたはずのふたりなのに、突如ライオネルは歩みを止めて、その距離が次第に開いていく。その場で立ち止まってしまったライオネルの後悔の想いが滲み出てくるかのようなシーンだった。だが、王位継承評議会のスピーチで大失敗したジョージは、恥も外聞もなくライオネルの元に訪ね指導を請いに行く。ここでのやりとりで、初めてお互いの過去が静かに語られる。  

 ジョージはライオネルが予想したとおり、年少期から父王ジョージ5世のしつけが厳しく、すっかり萎縮してしまっていたのが原因だった。ライオネルが語るには、左利きを無理矢理に矯正された子供は、吃音になりやすい。逆にジョージが、なぜ医者でもないのに真似事をしているのかと、ライオネルの過去を聞き出そうとしたけれどもライオネルは一度も治療するという意識は持ったことがなかった。WWIから戻ってきた友人が戦争神経症になり、言語障害に陥ってしまったのを、ライオネルは役者としての経験を活かして、発声指導を手伝っただけだった。でも、その中でライオネルはどんな神経症の重症者でも、心の傷に耳を傾け、語らせてあげれば回復していくことを見つけ出した。そんな経験から、ライオネルはジョージが自らの心の痛みを語り出すのをじっと待ち続けていた。なんて深い優しさなんだろうと思いました。だから医師の資格を持つ多くの言語聴覚士がことごとくジョージ6世の治療に失敗するなかで、唯一ライオネルの指導だけが有効だった。二人の絆が深まる印象的なシーンだった。

 ジョージ6世が王位に就いたころ、ナチスドイツと友好路線だったボールドウィン内閣に代わって主戦派のチャーチルが首相に就任した。いよいよナチス・ドイツへ宣戦布告を行い、国民へ挙国一致を呼びかけるため、陸海空三軍の長たるジョージは、ラジオを通じて戦いの正義を呼びかけることになった。この時点で国王の役割とは政治的決断を下すことではなく、国民に対して対話と理解を求めるための存在だったのだ。この本作最大のハイライトは、ベートーベンの交響曲7番第2楽章が用いられ、ジョージ6世の緊張と決意を暗示するかのように、荘厳でドラマチックに描かれていく。そしてジョージのそばに寄りそう、ライオネルの指導ぶりが実に分かりやすくて、言葉に詰まりそうになるジョージを的確に支えていた。最後のテロップでライオネルの「その後」が流れるが、なんといっても実話の重み。人生には必要不可欠な人のとの出会いが用意されているとのメッセージがこの映画の何よりの魅力だと思う。

 ジョージ6世を演じるのは昨年の「シングルマン」に続く話題作出演で絶好調のコリン・ファース。「ブリジットジョーンズの日記」に比べて親父臭くなってしまったけど、後姿の肩から首筋が美しい。これって英国人俳優の特徴なんだろうか。吃音の発声をパーフェクトに演じるばかりか、彼が背負い続けてきた幼年期の心のトラウマまで、見事に表現している。これはもうアカデミー賞主演男優賞モノの演技。彼の吃音を矯正する言語療法士ライオネルを演じたジェフリー・ラッシュの、表面では突き放しつつも、全てを飲み込んでいるかのような包容力を見せる、奥の深い演技。全編を通じて、本作から伝わってくるメッセージとして、まず、自分だけに思えてしまう欠点やコンプレックスは、自分ばかりではなく、みんな同じに悩んでいる。国王陛下でさえ例外ではなく、人並みのことで悩んでいたのだし、その欠点は、自らを愛することができて自信がつけば克服出来るのだということ。けれども、度重なる失敗の蓄積の結果、自己否定の思いに打ち負かされている人も少なくない。そんな時は、ライオネルのような人生を心から語り合える「法友」を持つことだろう。単なる友人ではダメで、自分が生きてきた軌跡を打ち明け、これからの道のりを相談し合えるような関係の人と出会えれば、何とか打開する展望が見えてくるのではないか。そういうかけがえのない関係の友を得ることが、いかに素晴らしいことか、示唆に富む作品だ。派手なアクションとか対人関係の葛藤は全くないけれど、静かに滋味深く、主人公の背負ってきた心の傷に迫っていく、大人の映画といった趣でアカデミー賞にふさわしい作品である。

 …聞けばジョージ6世役は当初ヒュー・グラントだったらしい。

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スピーチこそが
8日のことですが、映画「英国王のスピーチ」を鑑賞しました。 ...続きを見る
笑う学生の生活
2011/03/15 22:08
映画「英国王のスピーチ」主演男優賞はうなずけるが・・・。
「英国王のスピーチ」★★★★ コリン・ファース、ヘレナ・ボナム=カーター、 ジェフリー・ラッシュ出演 ...続きを見る
soramove
2011/03/16 18:29
映画『英国王のスピーチ』(原題:King&#8217;s speech)の感想
映画『英国王のスピーチ』(原題:King&#8217;s speech)を見てきました。 あらすじはイギリス王ジョージ6世(ヨーク公アルバート王子)(コリン・ファース)の吃音症 ( きつおんしょう ) を言語聴覚士ライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)が治療により治し、第二次世界大戦においてイギリス王ジョージ6世が戦争布告に関するラジオの生放送で見事感動的なスピーチを成功させたストーリーである。多少歴史的な齟齬はあるが、実話に基づいた映画である。 この映画を見て印象的であったのは@家族の協力... ...続きを見る
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