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zoom RSS 相撲協会は即刻廃止せよ

<<   作成日時 : 2011/02/10 01:28   >>

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 普通の興行団体でいいじゃないか。


 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110209-00000018-dal-fight

 「中継をしろ」「場所を開け」とほざくこの期におよんでも状況を理解していない横綱審議委員や一般市民は犯罪行為を助長・ほう助するものとして厳重処罰するべきだ。病院にいようが、ケアホームにいようが、W杯やラグビーなど代わる物はいくらでもある。この期に及んでもまだ国技だ、公益法人だなんて言う奴らの気が知れない。自分たちの発言や行為が反社会的団体を間接的に支援していることにまだ気がつかないのか。日本相撲協会は、これまでの不祥事でいわば「執行猶予中」であったのに、今度の八百長発覚で、実刑確定になったようなものだ。今まで、「国技」という傘に守られていると思っていたのだろうけれども、あまりにも緊張感、責任感が感じられない。というか、舐めていると思う。もちろん、中には衷心から真面目に精進している力士もいると思う。そういう力士たちの思いに対し、土足で踏み込んだも同然だ。「国技」にふさわしくない現状から脱すべきである。会社組織として再起をはかり、世間が国技として十分認めてくれるまでは、黙って精進すべきだと思う。相撲を神に捧げるものとしての意識をもち、すべての人の範となり、伝統を伝えていく志がないのならば、相撲は歴史上の神事、国技としてその生命を静かに終わらせてほしい。

 現在の相撲協会の体質は様々な優遇措置を受けられる法人として認定されていることによる甘えの部分が非常に大きいことは否定できない。この上体質改善もなされぬままにより優遇措置の大きい公益法人に成りでもしようものなら、一層の腐敗が進むであろうことは疑いない。相撲協会の体質改善が行われないようなら、民営化して特典を全て取り上げるぐらいの荒療治を行わねば何も変わらないだろう。現在の相撲協会の基になっている江戸前相撲の起源も元々は寺の修築費を稼ぐための見世物興行から始まっているのだから、国技などと神格化する理由も必要も無い。民営化で消滅してしまうようなら、既に存続する必要がなくなっていたというだけのことであり、それも時代の流れで仕方が無いのではないか。確かに今の状況で株式会社にしたら間違いなく相撲は滅びるだろう。だが、そもそも何故公益法人にしなければいけないのか?公益法人になった後のメリットの報道は良くされるが、相撲協会がどうして公益法人にしなければならないのかの報道は無い。その経緯がまず知りたい。過去にもいろんな疑惑や事件等があったはずなのに、どうして今頃なのかも不思議だ。国技としての定義なんて、ほとんどの国民が知らないと思う。

 税金を使っているわけだから、国民には知る権利があると思う。まず、この部分から報道すべきだ。ファンのためになどと言い訳をしているが民間団体になってもファンサービスはできるし、むしろ殿様商売はできずにより一層努力するはず。今時の子ども達でやりたいスポーツやなりたい職業で相撲をあげる子は皆無だ。株式会社化し、しっかり法人税を支払い、(理事長)ではなく(社長)にして、株主にしっかり説明責任を負って、経営していけばいいのではないか。いろんな意味で組織や、力士の環境、育成方法を近代化していかないと、存続していけないのではないか。これだけ不正続きでしかも協会は隠蔽工作に奔走しているような腐敗しきった相撲協会の公益法人認可を剥奪しない文科省は馬鹿の集まりか?日本の教育もお先真っ暗だ。公益法人としてはアウトだろう。何度も書いたがプロレス的興行団体になるか、神事に特化して神楽のような芸能になるか、自分達で100年反省して、出直すべきだ。100年後も存在して態度が改まっていたならば、もう一度「国技館」を使ってよい、などと文科省も強く出て欲しい。

 相撲協会が現体制になって87年、江戸勧進相撲から327年経過しているが、さまざまなスポーツが人々に楽しまれるようになり、そしてスポーツはフェアなものであり、真剣勝負をするのが当たり前ということが常識になっている。相撲もそのひとつと位置づけられるべきなのに、相撲協会は伝統にあぐらをかき、時代に合った「スポーツ」に変革することを怠ってきた。国技とされる相撲は公益法人のため税制で優遇されている。他のさまざまなスポーツは視聴率が稼げるかどうかで中継が決まるのに、大相撲は黙っていてもNHKが毎場所中継してくれる。これまでどおり既得権を守っていればよかったのだ。その守りの姿勢とともに古い体質は温存され、改善を怠ってきた結果が最近起こった一連の不祥事につながった。そして行きついた先が長年一貫して「八百長はない」と否定し続けてきた八百長相撲の発覚だ。その動かぬ証拠となったのが時代の変化の象徴ともいえる携帯メールの送受信記録だったのは皮肉としか言いようがない。つまり旧態依然とした相撲界は最新鋭のIT技術によってグレーゾーンにあった八百長の有無が、一瞬にして真っ黒に塗り替わったのだ。

 昨年にも大相撲の不祥事について書いたばかりだが、またまたこの問題である。メディアでは毎日毎日大相撲の八百長問題が取り上げられ、それに関与したとされる力士の名前が次々と出てくる。力士だけでなく、親方や床山の名前まで上がっている。一部の特別な人物が起こした問題ではなく、相撲界の体質に根ざした深刻な問題であることを物語っている。この一連の八百長問題で気になっていることがある。多くの場合暴力団が深く絡んでいると言われている野球賭博と、賭けマージャンや賭けゴルフ、花札やトランプなどの賭け事を一緒にして議論していることである。賭けマージャンや賭けゴルフといえども、現金をかける限りは賭博であり違法行為である。しかし、額が小さい場合は警察に摘発され罪に問われることはほとんどない。花札やトランプも同様である。違法であるかどうかと、犯罪として立件されるかどうかの線引きにはかなりの差がある。これに対して野球賭博は見過ごすことの出来ない犯罪である。野球賭博のはっきりとした定義は難しいが、胴元がいてチームごとにハンディをつけ、てら銭をとるというのが野球賭博であり、多くの場合は胴元などとして暴力団が関与している。今言われているように多くの力士や親方などが野球賭博に関わっていたとしたら、厳重注意や一場所の休場などで済む話ではない。しかもそれを八百長でコントロールしていたとなればもはや弁解の余地はない。解雇や部屋の取り潰しなどの厳しい処分が課される可能性のある重大な問題だ。

 日本相撲協会では、第三者を交えた調査委員会で自己申告した力士らから事情を聴いて処分を決めるということだが、理事長が言うように相撲界から全て膿を出し切ろうと思うなら、期限を切ることなくこの際徹底的に調べるべきではないか。そのために十分な日程が必要なら、残念ながら今後の場所を開催しないことも仕方がない。性急な調査で力士を処分した上で場所を開催し、場所が始まってからまたゾロゾロと野球賭博や八百長行為に関与した力士の名前が上がるようなことがあれば相撲協会自体の存続に関わることになるのではないか。この際、自己申告した力士や親方だけを調べるのではなく、時間がかかっても相撲協会に所属する力士や親方、床山など、すべての関係者を調べるぐらいのことが必要ではないだろうか。その際に、どこまでの賭博を問題にするかは、やはり暴力団と関係があるかどうかで線を引くしかないのではないか。徹底的に調べて、相撲協会に自浄作用があるということをファンに示すべきだ。閉鎖的な特権団体は絶対必ず腐る。他の天下り団体とかも同じだ。民間企業なら業績悪化でつぶれるが、こういうところは第三者機関が常に厳しく監査するしかないし、内部の人間は経営に参画してはならない。

 こんな腐った法人が公益財団法人に認定されるようならば、世間にあまたある公益法人(社団法人・財団法人)全部が移行できてしまう。それでは本来の趣旨である「天下りの隠れ蓑や不正の温床になっている公益法人を外す」ということすら出来ない。公益法人でありながら、収入より支出の方が多い予算を組んでいる、人件費が予算の中で3割以上を占めている、過分な内部留保を貯め込んでいる、本来公益法人として保有可能枠以上の資産を持っている、親方株問題やタニマチからのいわゆる「ゴッチャン」等不明朗な金銭のやり取りが数多く現存している、本来行われるべき厳然たる監査(内部監査・外部監査・監督官庁による監査)が疎かになっている、等々の問題がある時点で現在の資格すら剥奪すべきだ。いつまでも財団法人、公益法人にこだわる必要はない。こだわるから世の非難を浴びるのだ。とにかく、株式会社に移行すべきだ。そうなれば、すべて自己責任だから、真剣勝負に徹しようが八百長を放置しようが国民は非難しないだろう。もちろん、国のバックアップがなくなるため、八百長で客の入りが悪くなって、収益悪化、株価暴落、日本相撲株式会社が倒産となっても、経営の自助努力が足りなかったということで自業自得だし、逆に努力次第では、人気が再燃して株価を高騰させることも出来る。力士志望者も減っていることだし、部屋や力士を減らすスリム化も考えなければならない。現在の行っているような小手先のごまかしでは、何も変わらない。何故、そういう当たり前の事を誰も言わないのか。それが不思議だ。

 大相撲が江戸以前からの伝統があるだとか、真剣な表情で八百長はないと言い張る事に不快感を覚える。大相撲は江戸期に出来たものであり、それ以前の伝統は無い。大相撲は以前から、大規模に八百長が行われてきた。それを認める事が、先決ではないのか。そもそも、大相撲の閉鎖性は酷い。部屋に住み込み、関係者だけで構成されてきた既得権益の牙城の相撲協会、それを破壊することが、再出発の条件ではないのか。膿を出し切る事が必要なんていう馬鹿がいるが、今の大相撲は膿そのものだろう。膿を出し切ると言うのは、大相撲を消すことでしかない。何故、そのようなアホな詭弁を弄するのか。もし大相撲が、公益法人でなく、もっと小さな団体なら、相撲と言うムラ社会で勝手にやることは許されるだろう。または大相撲が、公益法人を廃するだけでなく、収入が1桁、2桁少ない弱小集団になるというのなら、今のままでもいいだろう。公益法人でなくす事は当然としても、今の規模を維持したいなら、相撲協会の廃止、一般社会と同じシステムにする事(具体的には部屋での住み込み禁止、親方株廃止、給与体系の抜本改定、大相撲に群がる利益集団の抜本的排除等)が必要だろう。制度の抜本改革をするというのだから、年内は一切場所を開かない、給与はゼロ、関係者はアルバイトでしのげ、位の事を言えないのだろうか。

 …ケータイを嫁が踏んだだの、たまたま機種変更しただの、ふざけたことを言って調査妨害をする力士はすべて解雇でいい。

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